夕顔がでてくる『半蔀』と『夕顔』を間違えてて、
前は置物があったのに今回はないわ〜と思いながらみてました(爆)
夕顔ネタの『半蔀』は、これまで3回みているのですが、
毎回入り込むことができぬまま撃沈してきています。
(この件について追記しました。本文下記参照)
ストーリー性がないと入りにくいのかしらと思い、
今回は、現代語訳源氏物語の「夕顔」の章を
事前に本屋で立ち読みして、ストーリーを頭に仕込んでみました。
夕顔の章は、源氏物語の第4帖です。
第1帖「桐壺」で光源氏が誕生し、
第2帖「帚木」で妻の葵上のお兄さんで親友の頭の中将たちとの
女性の品定め談義で夕顔の噂を聞いたり、空蝉とであったり。
第3帖「空蝉」で空蝉とすれ違いした光源氏が
第4帖「夕顔」で、噂の夕顔と遭遇します。
その頃の光源氏は、六条御息所と恋仲になってるのですが、
誇り高くて堅っくるしい御息所にちょっと疲れ気味の日々。
ある日、乳母のお見舞いに行くと、
夕顔が咲いている粗末な隣家があり、
そこの家の女から、「あなたはひょっとして光源氏なんじゃね?」と
歌を送られます。これが噂の夕顔なのですが、
彼女の正体はまだわかりません。
空蝉や御息所とは違い、癒し系の夕顔。
恋愛疲れの光源氏の心をしっかり射止め、
光源氏は夕顔の元に通いまくるようになります。
女は教養より癒し!?
どっちの素養もない私は
新境地を切り開かねばならないかも(笑)
さてさてある日、光源氏は、夕顔を近くの廃墟につれだし、
のんびりすごすことにします。
その夜半に、美しくも怪しい女性が枕元に現れ、
夕顔は急死、光源氏も重い病にかかってしまいます。
六条御息所、葵上だけではなく夕顔もだったんですね。。
病が癒えた光源氏は、夕顔の侍女の右近に夕顔の正体を聞くと、
夕顔は三位の中将の家に生まれ、
大切におっとりと育てられたのですが、両親が早くに他界。
その後、頭の中将に見初められ、女の子をもうけるのですが、
夕顔の存在が中将の奥さんにバレてしまい、
ビビった夕顔は、中将の前から姿をくらまし、
夕顔の咲く粗末な家に仮住まいしていたのでした‥というお話。
この後、第5帖「若紫」で光源氏は、のちの紫の上に出会います。
気弱でビビリな夕顔が、よくまぁ光源氏に
歌を送ったもんだわ〜と思ったのですが、
思えば侍女の右近の策略かと。
『右近』という曲なら、私も楽勝で入り込めそうなんですが(笑)
能『夕顔』の内容は『半蔀』にそっくりでして、
僧が五条辺りにくると、ある家から女が歌を吟ずる声がし、
その女に所の名を尋ねると、ここは「源氏物語」の某の院で、
もとは融の大臣ゆかりの河原院だと言い、
ここでの光源氏と夕顔のはかない恋の顛末を語ります。
後場では夕顔の霊が現れ、舞いを舞い、僧の回向で成仏し、
明け方の雲の中に消えていきます。
ということで準備は万端、いざ『夕顔』‥‥やっぱ入れねorz
それで謡のない仕舞だけが延々と続く曲には
入れないのかと思ったのですが、
『夕顔』の後にみた『
海士』で、
謡なし仕舞にずっぽり入り込めたので、
やはり私は『夕顔』にシンクロできないらしく。。がっかり〜(>_<)
くっそー、夕顔めー、と、
御息所とは別の意味で恨めしいです(笑)
光源氏ばりに、夕顔の仕舞に「癒し」を感じられるようになれれば
いいのかしら。。たぶんそれは私には無理っ(>_<)(笑)
夕顔系のお能の攻略法探求はまだまだ続きます。。
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能 『夕顔』
日時 2009年9月12日(土)11:00〜
場所 京都観世会館 井上同門定期能楽会九月公演
シテ/浦部好弘、ワキ/清水利宣、アイ/丸石やすし、
笛/帆足正規、小鼓/林光壽、大鼓/井林清一、
後見/橋本擴三郎、橋本光史、地謡/宮田宏之、吉浪壽晃、寺澤忠芳、
佐伯紀久子、浦部幸裕、浅井通昭、児玉哲城、橋本ハル子
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■追記
これまでに、夕顔が出ている曲は、
『半蔀』を3回、『夕顔』を1回観ていますが、
いずれの時も曲に入り込めずあえなく玉砕。
毎回、かすかにはかなさとかを感じつつも、
ぶっちゃけ「何が言いたいのかさっぱりわかんね」(笑)
これらの夕顔系の曲に、
入り口はないものかと探していたのですが、
コペルニクス的発想の転換がおこりまして、
ようやく入り口となりそうな戦略がみつかりました。
名づけて「これでいいのだ作戦」(ニヤリ)
源氏物語に出てくる女性達には、
葵上、六条御息所、朧月夜、明石の君など、
個性や主張がくっきりしている女性と、
藤壺、夕顔、女三の宮、浮船など、
個性や主張のあいまいな女性がいます。
あいまい系な女三の宮が光源氏を振り切って
出家しちゃったりして
内に秘めていた主張を発揮するあたり、
裏をかかれて楽しめたりします。
紫の上は、くっきりとあいまいのちょうど中庸で、
これが理想というものなのかもしれません。
この くっきり ⇔ あいまい の相対性が、
源氏物語の幅を広げているのではないかと思います。
ところで、「個性や主張があいまい」というのは、
まさに私が夕顔系のお能で感じることで、
つかみ所がなく、毎回あえなく玉砕していたのですが、
実は夕顔系のお能は、まさに「個性や主張があいまい」
ということを表現していたのかも!?
夕顔系のお能に込められていたこのメッセージが、
伝わるべくして伝わっていて、
感じるままに素直に受け取ればよかったものを、
他のメッセージ性の強い曲と同じように
下手に解釈しようとしていたのが敗因だったのかな、と。
『夕顔』は、これでいいのだ。11:3=B
ミッション完遂♪(笑)
とまぁ強引なコジツケで、
なんとなくモヤモヤは晴れましたが、
こうなると、夕顔系のお能があるからこそ、
お能の幅が広がり、だからこそこれからも
私は夕顔系の曲を楽しめないってことですね(苦笑)
いや待てよ、私、まだ間違ってる気もする。。
私のアンチョコ本「能楽ハンドブック」で、
気になっているキーワードがあるんです。
私のあいまい感と関係がありそうな「幽玄」です。
「幽玄」って何!? 幽霊のクロウト!?(笑)
調べてみると、ぜんぜん意味不明です。
Yahoo!百科事典の「
幽玄」
Wikipediaの「
幽玄」
「微妙難測(みみょうにしてはかりがたし)」by智
「詞に現れぬ余情、姿に見えぬ景気なるべし」by鴨長明
「幽玄というものは心にありて詞にいはれぬものなり」by心敬
ワインのソムリエと、
『星の王子様』の「大切なものは目に見えない」、
というのを連想しました。
なんだかすごく大切なものな気がします。
視覚的なモノに反応しやすい私には未開拓の分野です。
夕顔とは和解できてきたけど、新たな課題が発生(笑)