2011年12月31日

観能録INDEX (随時更新)


2006/7/15からこれまでに、58番観能しました。



あ行
 『阿漕』 2006/9/2
 『海士』 2006/7/22 2009/9/12
 『生國魂』 2006/8/12
 『一角仙人』 2006/7/29 2007/5/13(春)
 『井筒 2006/8/1(半能) 2006/8/25
 『鵜飼』 2006/7/30 2006/8/25
 『歌占』 2006/8/26 2006/9/9 2008/9/20
 『翁』 2006/8/11
 『女郎花』 2006/8/27
か行
 『杜若 2006/7/15
 『花月』 2007/5/12
 『加茂』 2006/9/2(剛)
 『邯鄲』 2006/9/3
さ行
 『石橋』 2006/8/11(半能)
 『俊寛』 2006/9/3
 『隅田川』 2006/9/3
 『西王母』 2006/8/20
 『善界』 2006/7/15 2006/9/16
 『殺生石』 2006/8/16(剛)
た行
 『田村』 2006/7/30 2006/8/12(喜)
 『土蜘蛛』 2006/7/29 2006/8/12
 『道成寺』 2010/7/4
 『巴』 2006/7/29(半能)
な行
 『錦木』 2006/8/25
 『野守』 2006/8/20
は行
 『羽衣』 2006/7/30 2006/8/11(宝)
 『半蔀』 2006/8/20 2006/9/23(剛) 2008/9/20
 『鉢木』 2011/1/30(TV・喜)
 『班女』 2006/9/2
 『藤』 2006/9/9
 『船弁慶』 2006/9/23
ま行
 『松風』 2006/8/19
 『松虫』 2006/9/2
 『通盛』 2006/7/15
 『求塚』 2006/9/16
 『紅葉狩』 2006/9/9 2008/9/20
や行
 『屋島』 2009/9/12
 『山姥』 2006/8/19
 『夕顔』 2009/9/12
 『楊貴妃』 2006/8/27
 『夜討曾我』 2009/7/12(十番斬)(TV) 2009/11/7(大藤内)
 『頼政』 2006/7/22
 『弱法師』 2006/8/19
ら行
 『雷電』 2006/8/27
  
タグ:お能

2011年お能アクセスランキング

今年は1曲しか観てないというのに(しかもTV放映w)、
そして、こんなへっぽこお能鑑賞ブログだというのに、
たくさんの方に訪問していただきまして、身に余る光栄です。

さて、恒例(?)の年間アクセスランキングです。

10位 歌占
9位 隅田川
8位 土蜘蛛
7位 善界
6位 松虫
5位 邯鄲
4位 紅葉狩り
3位 道成寺
2位 西王母
1位 夜討曾我

夜討曾我、まさかの三連覇です!



さて、今年一年を振り返ってみると。。

3/11の地震と津波、そして福島原発の事故は、
平和ボケしまくっていた私を強烈に一撃し、
この瞬間がどれだけ儚く脆く奇跡的なのか教えてくれました。

一日一日、一瞬一瞬がとても愛しくなり、
また、これまで「自分」として生きてきたはずの自分を
実はちゃんと見てなかった様に思え、
自分を丁寧に観察するようになりました。

そんな中、やはり「お能」というものは
私にとって、かなり衝撃が強いものなのです。

なぜこんなにもお能に惹かれ、揺さぶられるのか、
お能を観ている時の自分を観察し、まとめてみました。



お能を観ると、心の奥深くが揺さぶられます。

お能で揺さぶられる心の奥深くというのは、
感情の元のような感じです。

自分では、その元まで探ることができず、
自覚できるのは表面に出てきた感情です。

その、表面にでてきた感情というものを観察してみると、
意に反しているものがあったりします。

意とは多分、教育や環境や社会経験などで身につけた
知識や常識や処世術とでもいうような後天的なもので、
感情と意の方向性にズレがある時には、
どちらの選択肢も選べ、意を選ぶことがほとんどですが、
でもときに感情で倫理や道徳感すら越えることも(笑)

感情と意は根拠が別で、しかも感情>意な感じ。

子供なんかをみてみると、泣いているとあやされ、
笑っていると喜ばれるけど度が過ぎるとたしなめられ。。
という感じで、社会人として機能できるように
感情をコントロールするように躾けられます。

そうしていつのまにか、人は意に沿って
社会人として生きるようになるのでしょうが、
それで感情がなくなってしまうわけではなく、
また感情には明確な方向性があるあたり、
なにかメッセージ性を感じます。

感情は、刺激に反応してでてくるものみたいですが、
社会人としての躾け(笑)のせいか、感情に鈍感になっている上、
日常的な細かい感情は把握しづらいし、
観察しやすい激しい感情は、なかなか簡単にだせません。

そこでお能なんですが、お能には、私自身の経験や、
それに伴う感情などを投影しているというか、
その手のものが手玉に取られて勝手に導き出されている感じで、
感情を誘発する刺激物として、手軽ながら深くて、
リサーチに都合がいいみたいなんですね。

お能ドーピングによるボーリングで
感情や感情の元のあたりを炙り出してみたら、
感情の先に何かあり、そこから情動が発信され、
それが方向性をもつ感情として発動している感じなんです。

そして、お能のヘビロテで、感情の方向性の根拠となりそうな
係数とでも呼べそうなものが感じられるようになってきています。

余談ですが、私が『夕顔』や『半蔀』なんかと
シンクロできないのは、これ系の曲に私の係数が
含まれていないからかと。

係数という視点でまわりをみてみると、
植物や動物は、係数がわりとシンプルで、
彼らの係数に沿ってベストを尽くしていて
迷いがないように見受けられます。

一方、私の係数は抽象的で、
私には、係数の方向性で構成されている部分と、
意に沿って構成されている部分があり、
妥協や折り合いで混沌としています(笑)

ヒトには、係数に沿った方向性のある感情を受信しておきながら、
必ずしもそれに従わなくていいという
選択の可能性や能力があるあたりに、何かの作意を感じます。

選択の可能性により、多面的な結果のフィードバックを
得られることで、抽象的な係数の把握を可能にするためでしょうか。

五感を持つ体も、感受性に差があり、係数です。

自然の中にフラクタルが見出せるように、
選択の可能性や体の違いは、多様性があるようでいて、
人口全体とかで見ると、所詮はフラクタルだったりして(笑)

それはさておき、仕組みが複雑な生命体ほど、
それぞれの個体がオリジナルな係数を備えているかと思います。

オリジナルな係数で可能なこととは、
オリジナルな認識を得ること。

シンプルな係数の生命体からは確固とした認識が、
抽象的な係数の生命体からは混沌とした認識が生まれ、
生命体の数だけありえる多様性のある認識が発生します。

この設定は、私たちが、多面的なフィードバックで
自分の係数が認識できる構造に似ています。

各生命体センサーによる多種多様な認識で、
何かが自らの係数を認識できる仕組みになっていて、
その構造を稼動させるために、係数というフィルタをもつ
生命体に情動を発信しているのかも。

神は自らに似せて人間を創った‥でしょうか!?(笑)

この何かを神などと呼んでしまうのは簡単ですが、
現時点での掌握はここまででして(爆)、
この先には一体何があるんでしょうねぇ〜(笑)

さて、こうしてみると係数とは、
それぞれの生命体として生まれてきた動機とでも言うか、
フィルタを持つ生命体として生じる触媒なのかもしれません。

そしてこの解釈で世界をみると、悲観的にみれば、
私たちは、世界を認識するためのセンサーでしかない。

楽観的にみれば、選択能力を持つセンサーならではで、
感情のメッセージに乗って愉しめばいい、
ということになりそうです。

にしても、お能をこんな風に観てるなんて、
私はほんと、風情や情緒が皆無です(爆)

世阿弥の言いたいことはわからないけど、
観阿弥の思いはわかるような(笑)

これまでにたくさんの人がこのシステムに気がついていて、
例えばアボリジニやアフリカの古くからの民族のしきたりや、
ガムラン、神楽などは、リズムや唄や踊りを続けていくと、
感覚を超えて変性意識になることを利用していて、
これは、システムの受動的なアレンジ方法なんじゃないかと思います。

観阿弥はそこに、能動的に作用しやすい構造を組み込んでお能を創りだし、
能楽師さんたちが650年もそれをまんま伝えてきてくれました、THX!

時を超える観阿弥のなぞなぞ‥いや〜お能っておもしろいです!
信長さんは、敦盛を舞いながら謎を解いたのでしょうか!?

そして、能動的アプローチの行き先やいかに!?
そのうちモーフィアスに逢っちゃったりして(笑)


福島原発の終息と被災地の一日も早い復興を祈りつつ。。

では皆様、よいお年を!(^-^)


2011年01月30日

能 『鉢木』

『鉢木』をTV放映で観ました。
武士魂が伝わるグッとくる曲でした。


諸国をあてどなく旅している僧が
上野国の佐野のあたりを通りかかった時、
大雪に見舞われてしまい、まだ日暮れには早いのですが、
やむなく宿を借りようとします。

この僧の装いが、黒い装束にほぼ黒に近い濃紺の頭巾、
さらに黒の笠をかぶっていて、、
この色のなさが随所で場を引き立たせていて、
まずこの最初の登場シーンでは、大雪に見舞われ
視界が色をなくしている情景が浮かびます。


僧が家をみつけ、その家にいた妻に宿を頼むと、
妻は主が留守なのでと返事を待ってもらいます。

やがて主が戻ってきますが、
あまりに住まいが見苦しいからと宿を断り、
18町程行ったところにある別の家を教えます。

1町は約110mなので、18町というと2km程離れてますが、
僧は大雪の中、その家を目指すことにします。

妻が主に、今がこんなに窮状なのは、
前世での功徳が足りなかったからではないか、
僧に宿を申し出たらどうかと提案します。

妻の提案に納得のいった主は、橋掛かりの中央当たりで
大雪のあまり迷い、足止めを食らって佇んでいる僧に向かって
「やっぱ宿貸すよ〜〜〜!!!」と呼びかけますが、
声が届きません。

このシーンがまた、雪の中に色を失いながら
ぽつんと佇んでいる僧の姿が浮かび、美しいです。

このモノトーンと遠近感のシーンを楽しむのに、
ぜひ正面席から観たい曲ですね。


主は雪の中、僧を呼び止めにでます。

そして僧を泊めたものの、なんのもてなしもできず、
粟を炊いて食事を呈することにします。

この時、粟を炊くことからの連想で中国の故事の
「邯鄲」の話がでて、みすぼらしく見える主ですが、
栄枯があったことや、教養の高さが伺えます。

主と違って教養のない私ですが、
偶然にもすでに『邯鄲』を観ていたので、
話についていけてよかったです(笑)


あまりの寒さに火を焚こうにも、薪もありません。

そこで主は、かつてはたくさんあったのですが、
唯一、3鉢だけ残してあった秘蔵の梅・桜・松の盆栽を切って
薪にすることにします。

僧は、また時節がくれば盆栽を楽しむ時が来るのでは?と
申し出ますが、主は丹精を込めていた盆栽を切って薪にします。

このシーンで、雪をかぶった盆栽の置物が配置され、
主が盆栽の雪を払って木を切るのですが、
盆栽を切ることで、抱えていた思いを断ち切るような印象と、
客人への主の誠意が伝わってきます。

松の生木を燃やすと、煙がすごいことになるので、
家の中も、外の大雪に負けないくらい
煙で真っ白になってたかと思います‥あ、こういう余計なことは
イメージに浮かべなくていいですね(笑)


僧が名を尋ねると、主は苗字はないと奇妙なことを言います。

実は主は、佐野源左衛門常世という武士なのですが、
一族に領地を横領されて凋落していて、
それで苗字はないなんて寂しいことを言ってたのですね。

僧は、状況を訴えて裁いてもらってはどうかと提案しますが、
不遇を甘んじて受け止め、僧にすら申し開きをしないあたり、
「不器用な男じゃけん‥」by菅原文太という感じ(笑)

そして常世は、こんなに落ちぶれてはいるけれど、
いざ鎌倉という時には一番に馳せ参じると、
片肌を脱いで舞い、心意気を示します。

このシーン、常世の思いが伝わってグッときます。

やがて僧は常世の家を離れますが、
お互いに別れを名残惜しみあい、深い交流ができた感じです。

そしてこの頃には、観ている私も
すっかり常世が好きになってしまっています(^∇^)

こうして前場が終了し、アイ狂言で、
最明寺時頼による鎌倉への召集がふれまわられます。

後場になって、もちろん常世は召集の声に応え、
凋落した身でできる限りの身支度を整えて鎌倉に駆けつけます。

このシーンがまた、痩せ細っていてスピードがでない馬に
懸命に鞭打って、一途に鎌倉を目指す思いが伝わります。

召集をかけた最明寺時頼は、集まった武士の中から、
破れた腹巻をして錆びた長刀を持ち、
痩せ細った馬をつれているみすぼらしい武士を探し出して
連れてくるように命じます。

常世は、御前に呼び出されるなんて
首を刎ねられるのかと思案しながら、
煌びやかに装った武士達の前を
みすぼらしい姿で嘲笑されながら、御前に参ります。

この最明寺時頼は、実は常世に宿を借りた僧で、
身分を隠して、水戸黄門バリに諸国を遊行‥ではなく、
領地の様子を伺っていたんですね、
そこで出会った常世の誠意と心意気と忠誠を称え、
横領されていた領地を取り返してあげた上、
薪にした梅・桜・松にちなんで、
それぞれの名のつく領地を与えます。

常世は時頼の申し出をありがたく受け取り、
喜び勇んで帰っていき、曲が終わります。

‥ってアレ!? 戦ったりせずに帰っちゃうの!?

この召集は、戦のためではなく、
常世のためのものだったのでしょうか!?

となると、一見めでたしめでたしですが、
常世は今後、表向きは武士の鑑と称えられながらも、
実は関東中に敵を作ってしまった気配(^_^;;

不器用な男だけに行く末が案じられますが、
賢妻がついているから大丈夫かな!?


う〜ん、続編のシナリオが浮かんできました(笑)

前場では、賢妻のすすめで、常世は、
得られた領土で盆栽作りに腕をふるいます。

こうして雇用を生み出し、経済を活性化し、
関東武士の妬みの矛先を逸らすことに成功(笑)

さらに時頼に盆栽作りを手ほどきし、
時頼は引き続き、身分を隠して行脚しながら盆栽を広め、
こうして日本中に盆栽文化が広まったのでした。。

後場では、『』とかみたいに頭に梅・桜・松の盆栽の飾りをつけた
盆栽の精に舞ってもらいましょう(爆)



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能 『鉢木』
日時 2011年1月30日(日)15:00〜
場所 NHK 能狂言 能「鉢木」〜喜多流〜
出演/友枝昭世, 狩野了一, 宝生閑, 宝生欣哉, 野村万蔵, 野村扇丞,
一噌(口偏に會)仙幸, 成田達志, 國川純, 塩津哲生, 中村邦生,
香川靖嗣, 粟谷能夫, 出雲康雅, 粟谷明生, 長島茂, 金子敬一郎,
佐々木多門, 友枝真也, 大日方寛, 御厨誠吾, 吉住講, 高部恭史,
佃良太郎, 塩津圭介, 佐藤陽
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タグ: 鉢木 NHK

2010年12月31日

2010年お能アクセスランキング

年末恒例(?)、今年のこのブログ内でのアクセス数ランキングです!

10位 西王母
9位 歌占
8位 海士
7位 花月
6位 道成寺
5位 土蜘蛛
4位 松虫
3位 石橋
2位 紅葉狩り
1位 夜討曾我

2008年、2009年。。とランキングを見てみていますが、
なんとなくランクインする曲や上位になる曲が
決まってきてますね。。あ、私がほとんどお能をみてないので、
ネタが増えてないからか!(爆)


さて、私の2010年ですが。。

昨年、人生の視界がクリアになり、進む道が見定まって、
今年は、その道で望む結果も出せてきて充実しているところに、
横やりが次々に入り、最終的にすべてを手放すことにしました。

そんな今年に観た唯一のお能が『道成寺』。

観ながらあわや蛇体に変身しかけるも、なんとか堪え(笑)、
理由がどんなに理不尽だろうが、執心はダメ。。という
メッセージを受け取りました。

手放してみて思えば、今年、進んできていた道は、
実は、社会環境やこれまでに受けてきた教育から
刷り込まれた常識や知識から選んだ道でした。

虚栄心や驕りといった、執心の集大成で、
掴んでみたら、悪くはないけど、たいした物でもなく(笑)

蛇体に変身してまで追いかけた山伏ですが、
実は、鐘と一緒に熔けちゃってくれて
よかったのかもしれません(ぉぃ)

充実してるように思っていたのですが、
見方を変えると、蛇体になって暴れていて、
それを、横やりという調伏が教えてくれて、
自分が吐きだした焔の返り討ちにあい、
川に飛び込んでみたところ、焔は消えるわ、
勝手に運んでくれるわで‥ん? これって悪くないんじゃね!?(笑)

生まれたときは川の流れを楽しんでいたのが、
陸地ってのもあるんだよ〜♪との誘いに乗って上陸し、
ついには蛇体に変身して、執心も燃え尽きて、
また川に戻り、その心地良さを実感できたのかもです。


‥もしまた『道成寺』を観ても、もう蛇体に変身しないのかもなぁ。。

いやいやひょっとして、執心が焼け落ちたら、
その奥にあった執心が現れてきて、
単に別の種類の蛇体になるだけなのかも!?(笑)

また『道成寺』が観られたら判明するでしょうか。。
来年はどんな曲を観てなにを感じるのか、楽しみです。
お能って、私のリトマス試験紙!?(笑)


皆様もよいお年を!!(^-^)/

2010年07月05日

能 『道成寺』

『道成寺』では囃子方や地謡が配置についた後、
まず、巨大な鐘が舞台中央に吊り下げられます。

太い竹に吊り下げられた巨大な黒い鐘が
運び込まれてくるのですが、
鐘の重さは80kgくらいあるらしく、
運んでいる4人の方々の腕が
プルプルと振るえていて
かなりの重さなのがわかります。

その鐘を舞台の中央に置くと、
鐘を運んできた4人のうちの2人が
鐘に巻きつけられている紐を解き、
同時に残りの二人が、鐘を運んできた
太い竹を片付け、細くて長い竹を
2本運んできます。

この竹は、1本は先が割れていて、
もう1本は先が鈎になっています。

先が割れている竹に鐘の紐の先を挟み、
能舞台上部にある滑車に紐を通します。

滑車を通った紐の先の輪を
鈎のある竹を使ってひっかけひっぱり、
手際よく鐘を吊り下げる準備が完了。

続いて、切り戸口のまわりに控えている
5人の鐘後見が、紐をひっぱって鐘を吊り上げます。

2人が紐を引き、その引っぱっている方々の体を
別の2人がオモシとなって支え、
引っぱった紐を残りの一人が笛柱の輪にしばって
ようやく鐘の準備が完了。

中途半端な高さに吊り下げられていて、
異様な圧迫感のあるしつらえの舞台です。


そこに道正寺の住職達が現れ、
鐘の再興と撞き初めの供養をすることを述べます。

この供養はわけありなので女人禁制であることを
能力たちに告げ、能力たちは、その旨ふれまわります。

そこに白拍子がやってきて、
自分は一般の女性ではないからということで、
女人禁制の中、参詣を申し出ます。

能力たちは、面白い舞を舞うことを条件にして、
白拍子の頼みを受け入れます。

事後になって、能力たちが横並びになって
白拍子を入れてしまったことに対して
報道陣のインタビューに答え、
最後に、「申し訳ありませんでした」と
5秒間頭を下げ続け、そこにフラッシュが
焚かれまくっている映像が目に浮かびます(笑)

境内に入った白拍子は、舞を舞うために
後見の助けを借りて烏帽子を頭にセット。

それと同時に、中途半端な高さに吊るされていた鐘が
高く吊り上げ直されます。

橋掛かりの一の松まで下がる白拍子。

そこに激しい大鼓がはじまり、
それにあわせて白拍子が舞台に走りこんできます。

激しくも怪しい始まり方です。

その後なんと、大鼓が椅子から下りてしまいます。

そして、小鼓も目付け柱の方を向くという
見たことのないセッティングに。

そして、小鼓の非常にゆっくりしたペースの
間とかけ声と拍子に合わせて、
白拍子は、つま先を上げ、下ろし、
かかとを上げ、下ろし、かがみこみ、
またつま先を上げ、下ろし、
一歩すべってすすみ、またつま先を‥という感じの
不思議な舞を目付け柱のそばでずっと繰り返します。

その舞が数分どころではなくけっこう長時間続きます。

単調な仕草の繰り返しをひたすら見守ります。

異様な緊張感です。

その後、大鼓と太鼓も加わって、
今度はハイペースな激しい舞が始まります。

白拍子は扇で自分の烏帽子を叩き落とし、
激しく鐘の回りを舞いまわります。

その時、鐘をしばっていた紐が解かれ、
ああいよいよ‥という感じでドキドキ(笑)

驚きなのは、この時にたった一人で
あの重い鐘の紐を引っぱって鐘を持っているんです。

引っぱっている人が複数だと鐘を落とす
タイミングがあわせられないからでしょうか。

そして白拍子がついに鐘の下に入り、
ジャンプすると同時に鐘が落とされます!

それで、鐘が落ちる瞬間には
舞台上から白拍子の姿が消えるので、
まさに鐘の中に飛び込んだ感じに。

そこからアイ狂言がはじまります。

鐘が落ちた地響きに驚いた能力たちが
舞台の上をゴロゴロ転げ回り、地震か雷かと騒ぎます。

そして、鐘が落ちているのを発見するのですが、
女人禁制なのに白拍子を入れてしまった手前、
鐘が落ちたことを報告にいくのを押し付けあいます。

散々押し問答をして押し付けあった後(笑)、
ようやく住職に鐘が落ちたことを報告します。

それを聞いた住職は、鐘にまつわる話を始めます。

昔、真砂の荘司という人が居て、
熊野詣をする山伏がいつも荘司に宿を借りていました。

荘司には一人娘がいて、
山伏のことを将来お前の夫になる人だなどと
冗談を言っていたのですが、
娘はそれを信じて聞いていました。

ある年、山伏が泊まりに来ていた時に、
娘は夜分、山伏の部屋に行き、
いつまで自分を待たせるのだと詰め寄ります。

そこで山伏は逃げ出して、道成寺に来て
匿ってくれるよう頼み込み、
鐘を下ろしてその中に隠れさせてもらいます。

娘は山伏の後を追いますが、
目の前には水かさの増した日高川が横たわり、
娘の行く道を阻みます。

そこで山伏への一念から娘は蛇体に変身し、
川を泳ぎ越えて道成寺へたどり着きます。

蛇体は山伏の姿をあちこち探し回りますがみつからず、
鐘が下ろしてあるのを怪しんで
鐘の回りにぐるぐると7回巻きつき、
焔を吐いて尾で鐘を叩くと、
山伏を中に入れたまま、
鐘は湯となって溶けてしまいました‥恐ろしや。。

な〜んていう僧正の語しを聞いていて
もうムカついたのなんのって(ー"ー)

親の言葉を素直に信じただけなのに、
よりによって恋の相手にしてはならない身分にある
山伏に恋をした上、実らぬ恋への執心から蛇体に化け
山伏を殺した、ああ恐ろしい女の執心言語道断‥
なんて言われよう。

舞台上では、祈りとともに鐘が再び吊り上げられ、
中からは蛇体となって焔を吐く娘の姿が現れます。

般若の面に変わっていますが、
体には唐織を巻きつけています。

蛇体になりながらも、娘なんですよ(涙)

その姿をみながら、私の心の中では、
あまりの理不尽さに怒り心頭、怒髪天を突き、

ざけんじゃねーよ!!!
親も寺も僧正も
何もかも焼き尽くしちまえーーーっ!!!

と、感情が大爆発。

そんな私の目の前で、蛇体が僧正たちに
調伏されようとしています。

調伏ってのはすごいみたいですからね、
中国の天狗のドン是界も、
この世ができたときからの悪の結晶野干
みるべきものはみちゃった知盛も、
調伏にやられちゃったくらいのものですから、、
蛇体に変身したとはいえ、もとはただの女の子、
シテ柱に身を預けて巻きついたりしながら
なんとか耐えていますが、やがて日高川に飛び込みます。

だーーーっと橋掛かりを走りながら
揚幕の向こうに姿を消すのですが、
姿が消えた後に、揚幕の向こうでドン!と音がして、
それがまさに水の中に飛び込んで姿を消した感じ。

パンフレットに謡が載っていて、それによると
「鐘にむかって吐く息は。
 猛火となってその身を焼く。」
となっているので、吐き出した焔が自分の体に移り、
燃え盛りながら川に飛び込んだのかもしれません。

で、曲は終わってしまったのですが、
私の怒りは納まっていません。

口を開けたら焔が噴き出し、
再興した鐘を溶かしてしまいそうです。

般若の形相で鐘を睨み付ける私の気持ちなど知られる由もなく、
片付けがはじまりました。

まずは鐘が下ろされ、またまた鐘担当の4人が登場。

最初に鐘を吊り下げていた紐をはずすのですが、
紐を滑車からひっぱりながら、
最後は鞭のように紐をピシっとコントロールして
乱さずに紐を滑車からはずします。

そして手際よく二人がかりで紐を鐘に巻きつけて、
太い竹に鐘を下げ、また4人で腕を振るわせながら
運んでいきます。

そのテキパキと片付いていく様をみていたら、
私の心もようやく落ち着きを取り戻しました。

なにはともあれ、執心はダメってことなんでしょう。

理由がどんなに理不尽でも。

附祝言の頃には、鐘が片付いて見えるようになった
鏡板の老松を見つめるうちに、
お能を見る前に見た、前日の豪雨で洗われた澄んだ大気で、
どこまでもはるか彼方まで見渡せた京都の山並みと
深い緑を思い出し、すっきりとした気分に。

『道成寺』には、感情を焼き尽くすことによる
心のデトックス効果があるのかもしれません(笑)


‥それにしても、娘はまだ成仏させられていません。

今回は調伏にしてやられちゃったけど、次の機会には殲滅必至っ!!
私も客席で蛇体に変身して援護するし!!(←何も学んでない(笑))



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能 『道成寺』
日時 2010年7月4日(日)14:00〜
場所 京都観世会館 第十回吉田後援会「花の能」
シテ/吉田篤史、ツレ/江崎金五郎、江崎敬三、和田英基、
アイ/茂山千三郎、茂山童司、
大鼓/河村大、小鼓/吉阪一郎、太鼓/井上敬介、笛/森田保美
後見/井上裕久、吉田潔司、橋本壙三郎、地謡/林喜右衛門、宮田宏之、
杉浦豊彦、寺澤忠芳、吉浪壽晃、勝部延和、浅井通昭、浦部幸裕、
鐘後見/大江又三郎、松野浩行、橋本光史、橋本雅夫、久保信一朗、
狂言鐘後見/茂山正邦、茂山茂、井口竜也、鈴木実
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第十回吉田後援会「花の能」

京都観世会館で催された第十回吉田後援会「花の能」に
行ってきました。

「花の能」は、吉田後援会の主催で1年おきに催されていて、
毎回「花」を楽しむ趣向となっているそうです。

今回の曲は『道成寺』、桜の下の舞とのことです。

仕舞が6つとお能『道成寺』だけだったのですが、
『道正寺』がヘビーな上、
仕舞の一番目が吉田さんの4代目の和史君で、
小さい体から大きな声をだして、
元気いっぱいに、舞台の上を所狭しと舞っていて、
とても可愛らしくて、みどころたくさんでした。

2009年12月31日

2009年お能アクセスランキング

さて、2009年も大詰めになりまして、
毎年恒例‥ってまだ2回目ですが(笑)、
このブログ内のお能アクセスランキングです!

まずはさらっと10位から4位です。


10位 松虫
9位 歌占(1回目2回目3回目
8位 土蜘蛛(1回目2回目
7位 加茂
6位 石橋
5位 屋島
4位 紅葉狩り(1回目2回目


今年は『屋島』へのアクセスが赤丸急上昇でした。

もっとも今年初めて観て記事にした曲なので、
これまではアクセスの来ようがなかったのですが(笑)

お目出度い勝修羅ってことで催しも多く、
よって検索頻度も高い‥ということでしょうか。

義経さんの勇ましさで、
不景気や不安をふっ飛ばしちゃってほしいですね。




では続いて。




3位は。。『善界』でした!

白頭の小書のものです。

クラっとくるほどかっちょい〜白善界。

あまりのステキさに恋に落ち、また日本を襲撃に
来てほしいなんて思ったものでしたが(笑)、
どうやら各地に襲撃に現れていて、
それで検索もされているようです。

私もまた白善界に再会したいものです(*^_^*)





2位は。。『夕顔』!

この魅惑のシングルマザーの謎めいた魅力に
魅了されてしまい、おかげで人生をかけて解く
課題が増えました(←大げさ(笑))


も〜、いったい何なのよ、
夕顔』とか『半蔀』とか『井筒』って???

ぜんぜん入れないし、わっかんな〜〜〜い!(笑)


なんとなく「幽玄」ってものと
関係があるかと思いましたが、
それにしても私、風情や風流に欠けると
自負するだけのことはあり(笑)、
これまでの人生で「幽玄」という言葉を
使ったことがありません(爆)

友人知人に「幽玄」って何?と聞いてみたら、
皆さん一様に、妖しく美しいというイメージらしく。

「幽玄」についてこの世で一番詳しいであろう方にも
お伺いしてみました。

世阿弥の花伝書によると「幽玄」とは、

「たヾ言葉いやしからずして、すがた幽玄ならんを、
 受けたる達人と申すべきか」だそうです。

そしてこれを間違いのない方に
現代語訳してもらいました。

白州正子さんによると、

「ただ言葉が上品で、姿が優雅なものを、
 立派な達人というべきであろう」だそうです。

なんだか夕顔とは関係なさ気。。ああ勘違い(^_^;;


現状の対夕顔系妥協案としては、
花伝書を私なりの超意訳で読むと、
「ぶっちゃけ<秘密>ってことにしとくと
 よさ気に思われちゃうものなんだよね〜」なので(笑)、
訳わかんねってのが魅力で、
まんまと術中にはめられているだけなのかもしれません。


にしても夕顔め、こしゃく!(笑)



そして、栄えある(?)1位は。。『夜討曾我』!

今年は5曲しか観能していないのに、
その内の2曲が『夜討曾我』という、
『夜討曾我』の当たり年でした(笑)

十番斬』と『大藤内』で、
ゴローちゃんにもののあはれを教わりました。





芸術って、自分のことを
あぶりだしてくれる力があると思うのですが、
お能ってやつは私にとって、
あぶりだす力がこれまでにない異色なもので、
お能を知って発見した自分があり、
けっこう人生が変わりました(笑)

数年前から取り組み始めたプロジェクトがあり、
これがいよいよ来年から、形になって立ち上がってきます。

取り組み始めた頃にお能に出会いました。

それと、2つの大きな波にも出会い、それで紆余曲折しました。

すっかり観能の機会こそ減ってしまいましたが、
お能の存在は常に私に影響を及ぼし続けてきていて、
プロジェクトとお能はまったく関係ない事なのですが、
お能というものから得られたフィルターが私の中になかったら、
ブレが生じてしまっていたでしょう。

お能×大波2つのおかげで洗い出された確信。核心。

またお能三昧の日々が過ごせるようになることをエサに
自分に拍車をかけて、2010年、結果を出す年にするつもりです。
(予定は未定ですが(笑))

皆様もよいお年を!


2009年11月07日

能 『夜討曾我 大藤内』

夜討曾我 十番斬』を今年の7/12にNHKのTV放送で観まして、
『夜討曾我』を観るのは2度目、ライブでは初めてです。

あらすじは、TV放送の時の方で。


同じ観世流の『夜討曾我』だったのですが、
『十番斬』と『大藤内』で、かなり違いがありました。


前場はあまり変わらず、
(多分です、盛り上がりがない場面で、
 あいにくディーテルの記憶がありません(爆))
曾我兄弟と従者二人の問答。

曾我兄弟: 形見を母に届けて!
 ↓
従者二人: 仇討ちの供をさせて!
 ↓
曾: そしたら誰が形見を届ける?
 ↓
従: お供ができないならいっそ刺し違えて‥
 ↓
曾: まぁ待て待て\(-_-;;
 ↓
従: 泣く泣く納得(T_T)


『夜討曾我』の前場は長いです。

大変なことをがんばってこえると、
後でいいことあるよ♪という学びの場です(笑)




間狂言からは『十番斬』と『大藤内』でけっこう違ってまして、
『大藤内』での大藤内はただのビビリで
ビッグマウスではありませんでした(笑)

太刀を持ってきたつもりが尺八と取り違えてたり、
肩を切られていると言われれば、
切れてないのに痛くなってしまったり、
曾我兄弟が大藤内の命を狙ってると
脅かされればもうどーにもこーにも(笑)



『大藤内』の後場は、離れてしまった十郎の身を案じて
五郎が十郎の名を呼ぶところから始まりました。

あの、血飛沫が飛び散る大活劇シーンがないとなると
ちょっとがっかり。

ですが、十郎の活躍や、ゴージャスな10人の追っ手、
十郎と新田四郎との戦いのシーンがないことで、
かえって五郎の存在が引き立った気もします。

なんせ、『夜討曾我』の前場では、長兄である十郎が
椅子に座ってるし、よくしゃべるし、
後場も、『十番斬』は、兄弟が同様に活躍した後、
十郎と新田四郎との戦いが始まるので、
その辺りまで、十郎が主役のようでした。

『十番斬』は、よく観る京都観世の演者さん達が演じられてて
演者さんのお顔を存じ上げていたので、
配役的にずっと謎だったくらい(笑)


『曾我物語』を知っていたら、
『大藤内』でメインのシーンを観るだけで
OKなのかもしれませんね。

無教養で、『曾我物語』を知らない私は、
『十番斬』でも、『曾我物語』のストーリーが
端折られてしまっているせいか納得がいかなかったので、
『十番斬』を知らぬまま『大藤内』を観ていたら、
一体どうなっていたことやら(笑)



さて、『大藤内』の後場ですが、
十郎の死を知り、死ぬときは一緒の場所と
思っていた兄弟が散り散りに‥という五郎の悲しみの吐露の後、
御所五郎丸が、薄絹を被って待ち伏せします。

薄絹の主を怪しみながらも見送る五郎。

『十番斬』での薄絹の色が思い出せないのですが、
今回、真っ白な美しい薄絹で、
最初は、色味がある物を使った方が、
女に化けてる感が出ていいような気がして
違和感を感じたのですが、
観ているうちに、真っ白な潔さもよく感じました。


終いには力も運も尽き果てて、御所五郎丸たちに
取り押さえられ、生け捕られてしまう五郎。

『十番斬』では、がーーーーーっと押されて
床の上を滑り、摩擦で踵が熱そ〜という感じでしたが、
今回は、押されながらも、
ちょっとちょこまか歩いていらっしゃいました。

御所五郎丸の策を疑いながらも見破れなかったところが
力も運も尽きてしまった『夜討曾我』の五郎のキモで、
太刀を取り落としたり投げられたりしてしまう前に、
そこで五郎はもはや観念したんじゃないかな〜と思います。

ちょこまか歩いてると、
ジタバタあがいているようにみえます。

踵は大変そうですが、がーーーーーっと押される方が
五郎の心境や無常観が伝わってくる気がします。



京都や西日本での観能が多く、
関東での観能は愛宕山薪能に続き2回目、
能楽堂内での観能は初めてでした。

何度も観ている観世流のお能でも、
西と東でいろいろ違い、
舞台の始まり方、お調べ、準備、舞台、終わり方、
全てに違和感が付きまといまくりで、
めっちゃアウェーを感じました(笑)


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能 『夜討曾我 大藤内』
日時 2009年11月7日(土)14:00〜
場所 横浜能楽堂 第57回横浜能
シテ/田邉哲久、ツレ/岡本房雄、前ツレ/酒井純一郎、杉崎次郎、
アイ/野村小三郎、奥津健太郎、後ツレ/岡庭祥大、坂井音隆、
立衆/金子聡哉、新江和人、笛/槻宅聡、小鼓/幸信吾、
大鼓/國川純、後見/観世恭秀、寺井栄、地謡/高橋弘、高梨良一、
小川博久、松本尚之、下平克宏、勝海登、小檜山浩ニ、木月宣行
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狂言 『隠狸』

太郎冠者が狸を捕るのがうまいという噂を聞いた主人は、
太郎冠者にその噂がほんとうなのか尋ねます。

太郎冠者は、噂通り狸を捕るし、
しかも昨日、まさに狸を捕ってきているのですが、
狸なんて捕ったことがないと主人に嘘をつきます。

主人は、太郎冠者の狸をあてにして、
狸汁をふるまおうと客を招く手配をしてしまったので、
太郎冠者に、市に行って狸を買ってくるよう命じます。

太郎冠者は、ちょうど捕った狸を市で売ろうとしていたので、
市に行き、狸を売ろうとします。

一方の主人は、太郎冠者が狸を捕らないと言ったことを
信じておらず、市に行って様子をみることにします。

そうして、太郎冠者が狸を売ろう声を掛けてしまったのが、
まさに太郎冠者の主人!(笑)

太郎冠者は、狸を売ろうとしているのではなく
売ろうとしている狸があるなら買おうとしていたのだ、
などと苦し紛れにごまかし、狸を自分の背後に隠します。

酒を飲ませれば太郎冠者が口を割るだろうと、
主人は太郎冠者に酒を振舞い、
舞を舞わせて狸をみつけようとします。

最初はうまく狸を隠していた太郎冠者ですが、
酒がすすむにつれて注意がゆるみ、
隙をみて主人が、太郎冠者から狸を取ってしまいます。

太郎冠者に狸をつきつける主人。

もはや言い逃れのできない太郎冠者は
あわてて逃げていきます(笑)



『隠狸』は、和泉流にしかない曲なのだそうです。

狸の作り物が、茶色一色の布で作られた
テディベアばりの人形で、めっちゃ可愛かったです♪

なぜ太郎冠者が狸を捕ることを隠したのか
わからなかったのですが、
捕った狸を市で売ればお金になるけど、
主人に取り上げられちゃったらお金にならないですもんね‥
後になって合点がいきました(^_^;;



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狂言 『隠狸』
日時 2009年11月7日(土)14:00〜
場所 横浜能楽堂 第57回横浜能
シテ/三宅右近、アド/三宅右矩、後見/三宅近成
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タグ:狂言 隠狸

横浜能楽堂

横浜能楽堂は、交通案内をみると
JR桜木町駅から徒歩15分となっていますが、
地図で見る限りではそんなにかからなそう‥と、
ナメてましたら、これがもう!

能楽堂までものすごい上り坂でして(笑)

日ごろの運動不足がたたって、
しっかり15分かかったと思います(苦笑)


ようやく到着した(笑)横浜能楽堂は、
130年余りの歴史を誇る
現存で関東最古の能舞台でした。

横浜能楽堂のWebサイトから引用させていただきます。

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明治8年(1875年)に、東京・根岸の
旧加賀藩主前田斉泰(なりやす)邸に建てられ、
後に東京・染井の松平頼寿(よりなが)邸に移築されて
昭和40年まで広く利用されていた関東地方現存最古の舞台で、
全国的に見ても8番目に古く、建築史上、能楽史上貴重なものです。
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130年の年月を感じさせない、
すっきりとした能舞台です。

横浜能楽堂能舞台/正面横浜能楽堂能舞台/斜め


松の絵が控えめでかわいいです♪

横浜能楽堂能舞台の松の絵
タグ:横浜能楽堂
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