紅白の牡丹の作り物が据え付けられた一畳台が2つあって
そこで高低の差がつけられ、
さらに橋掛かりまで利用して、左右の広がりもある中で、
白毛の獅子一頭と、赤毛の獅子三頭が舞いまくります。
前場では、大江定基が出家して寂昭と称し、
中国に渡って青龍山に辿り着き、
谷を隔てた向かいにある、
文殊の浄土といわれる清涼山に渡ろうとします。
が、間を隔てる谷はとてつもなく深く、
そこには、石橋と呼ばれる幅一尺もなく
苔が生えてすべらかな橋がかかっているだけ。
橋を渡ろうとすると、通りかかった山人が、
この橋は並みの修行者では渡れないと諭し、
やがて菩薩が現れると告げて姿を消す。。という
話になっているそうなのですが、
半能だと、このような話をふっ飛ばし、
いきなり獅子達が現れ、舞い始めます。
なぜ四頭の獅子が舞うのかはわかりません。
そういや文殊菩薩って、獅子の上に乗ってたかも。
四頭の獅子が文殊菩薩を現しているのかしら?
いずれにしても、獅子達が入り乱れて舞う様は、とても気持ちいいです!
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半能(観世流) 『石橋 大獅子』
日時 2006年8月11日(金)17:00〜
場所 生國魂神社 大阪薪能
白獅子/山本章弘、赤獅子/河村栄重、赤獅子/武富康之、
赤獅子/寺澤幸裕、寂昭法師/福王茂十郎
大鼓/辻芳昭、小鼓/荒木賀光、太鼓/中田弘美、笛/斎藤敦
後見/山本博通、松浦信一郎、地謡/林本大、今村嘉太郎、鶴克彦、
井戸良祐、千崎隆一、斎藤信隆、波多野晋、梅若基徳
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2006年08月11日
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(C)2006 能楽初心者の観能ブログ!


初めてみたのが生國魂神社の石橋です。仕事終わりに行ったので、みれたのは石橋からだったわけですが、ストーリーも何もわからず初めてみる能はやはり難し過ぎました。
後でチケットを頂いた方に質問して、能の奥深さを知り魅了されてしまいました。
獅子は菩薩の守神的存在だとのことで、守神が登場しているってことで滝の向こうに菩薩さまがいらっしゃってるってことだそうです。
白獅子は親獅子、赤獅子は子獅子何故子獅子が3頭登場するのかは不明ですが…。
この前の大阪能楽堂での『橋弁慶』や『融』をみて益々能にはまりかけています。『半蔀』は私にはまだ難しくて楽しいとは正直思えませんでしたが、ここをみつけたのでまた能に対して興味が深まりました。
おおお! 獅子の意味がわかりました!
獅子が登場しているから、その向こうに
菩薩様がいらっしゃる。。なるほど!!
そうなると、親1頭に子が3頭というのも、
なにか意味があるのかもしれませんね。。
こういう説明を聞くと楽しい反面、
自分の無教養を思い知らされます(涙)
『半蔀』のような女性がしっとりと舞う曲は、
http://kan-noh.seesaa.net/article/22597557.html
動きが少なくて、掴みどころがないですよね。。
私の場合、どんな曲も自己解釈で勝手に楽しんでますが、
この手の曲のような掴みどころがない曲ほど、
ほんとに勝手に楽しんでます。
面の角度によって表情が変わることに注目し続けてたり、
昔読んだ源氏物語の事を思い出して
私は六条御息所かな?と思ってたり、
唐織綺麗♪とか、後見さんの蔀の開閉タイミングが絶妙だわ(笑)とか、
今の足拍子はきっと光源氏を思い出した瞬間ねとか。。
『半蔀』は単なる触媒で、
舞いや謡や囃子に乗せられて自己完結で楽しんます。
だってどうやっても『半蔀』、楽しくないですよね(爆)
こんな感じで、無教養でも、よく解らなくても、
私はお能、ものすごく楽しめてます♪
こんな私でもお能が楽しめる様を晒すブログになってます。
(狙ってるのではなく、実力なのが淋しい。。(笑))
このブログを見てお能に対しての興味が
深まった方がいらっしゃるとは。。恐縮です(照)
お能にはまりかけていらっしゃいますか?
この夏、お能ウィルスが静か〜に走り抜けたようですね。
私の場合は症状が重症すぎな気もしますが(笑)
少し言い忘れてました。獅子が守護神的なものであるので、菩薩さまが近くにいるのに寂昭法師はそれに気がつかず去っていくって話だったような…。
※演じる側は、菩薩さまを見てもらえるように舞っていますって言っておられました。
私が能に興味を持てたのは、観る側のイメージで舞台は全て違ったものになっているってことがわかったからです。
100人いれば100人ともがそれぞれの背景をイメージしながら観ているってとこですね。
もっと知りたい、そしていつか獅子の向こうの菩薩さまを観てみたい。
そんな好奇心からなんですけどね(^-^)/
半蔀のコメントありがとうございました。
わからないに圧倒されず、自分なりに楽しむようにしますね。
能にはまりかけてますか?
の問いには、もちろんと答えますよヾ(^v^)k
これから先たくさん観ていきたいって思ってます。
お囃子もとっても心地いいから(*^_^*)
コメントの反映が遅くなってしまってごめんなさい!m(_ _)m
寂昭法師は菩薩様が近くにいるのに
気づかずに去っていってしまうのですか!?
天竺に渡って、石橋まで行ったというのに。。
お能は観る側のイメージで百人いれば百様。
まさにその通りなのではと思います。
私も私のお能を観るために、これから先も
お金と時間が許す限り、観続けていくと思います(笑)